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朝原 宣治さん(北京400メートルリレー銅メダリスト)

その頃の将来の夢は

 まずは、ごく普通に大学で4年間陸上をやろうと。その後は、多分、陸上で食っていくのは無理なので、どこかに就職しようと思っていました。小さい頃から、通訳やツアーコンダクターに憧れがあって、いずれは海外に出たいと思っていたので。商社に入って、どこか海外で仕事が出来たらいいなと考えていましたね。

オリンピックを意識しはじめたのはいつごろ

 大学2年生のときにバルセロナオリンピックがあって、その頃付き合っていた子──今の奥さん(元シンクロ日本代表・奥野史子さん)がそれに出て。そこからどんどんとオリンピックを目指すようになっていきました。その後、3年生のときについに結果が出て。秋の国体の100メートルで日本記録が出たんです。それからはもうどっぷり陸上漬けの毎日で。

同志社大ではかなり異質な存在になったわけですね

 同志社の中では浮いていましたね(笑い)。部内には、やる気があっても実力はそこまでない人や、そもそもやる気のない人など、色んな人がいましたから。その中で、僕だけはひたすら上を目指していて……。ただ、そのためにはどうしても学内だけにいては厳しいですから、いろんな強豪大学や日本代表の合宿に積極的に参加して、同じ目標を持つ仲間を見つけては、切磋琢磨を誓い合ってモチベーションを高めていました。

アトランタで初めてのオリンピックを経験します

 その頃はまだ走り幅飛びの選手だったので、のちにメダルを獲ることになるリレーはまだ意識の隅で。まずは個人種目で世界に通用する選手になるぞ、と意気込んでいましたね。

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