• 十代の地図帳
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矢部 太郎さん(お笑い芸人)

ご兄弟は何人

 姉がひとりです。でも、どうやら姉は、妹が欲しかったようで、僕が生まれたときは、悲しくて泣いた、なんて聞きましたけどね(笑い)。そんなことから姉はよく、僕に女の子の服を着せてたと聞いています。

お母様との思い出は

 母は外に働きに出ていたこともあって、あんまり家にいなかったですね。夕方になると帰って来て、ご飯を作るという感じで。だから父との方が接する時間は長かった。そういう意味では普通の家庭とは逆ですね。

思春期には何に興味を

 僕、部活に入ったことがないんですよ。その代わりというか……、中学のころはひとりで漫画や本ばかり読んでいた。絵本をはじめ、家には沢山の蔵書があったし、それ以外にも図書館や本屋で多くの本に触れることができた。放課後の自由な時間をあらん限り本の世界で過ごしたわけです。それだから、いまだに部活の実態ってどんなか分からないんですよ。

当時、将来の夢は

 小さいころからいろんなものに憧れがあって。で、それはやっぱり好きなものに直結していた。漫画が好きだから漫画家になりたいと、『漫画入門』を読み、プラモデルが好きだから「田宮模型」に入りたいと思った……。ただ、じゃあ本気で漫画を書くのかと言えば、そこまではいかない。なにか漠然と、楽しいことを夢想していただけだった。「これになりたい」と決めて努力していたものはまだなかったですね。

東京学芸大学に進学を

 とくこれといってなりたいものがない――でもだからこそ、大学は行こうと。それで予備校に行きました。実はそれまで習い事というのをあまりしたことがなくて、それこそ小学校の空手以来だった。東京学芸大に入ったのは、ほかのめぼしい文系の私立に落ちちゃったから。別に教師を目指していたわけじゃないんです。そもそも第一志望は都立大だったんですが、それに落ちて後期で学芸大を受けた。センター試験の点数が十分だったのと、小論文で受けられる――そう聞いて。まあ一応受けてみるか。でも浪人だろうなァ……、半ば諦めていたのが、蓋を開けたら合格していた。

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