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矢部 太郎さん(お笑い芸人)

お笑いにはどんな想いを

 いまでも自分がお笑い芸人に向いているとはあまり思わないんですよ。でもやっぱり、特徴的な見た目だったりはするので、そういうのは適性があるのかなとも思います。

吉本興行に入ります

 吉本興業では、いまは経営する吉本総合芸能学院に入学して芸人になる、というのが主流です。でも僕らは、まず吉本のライブのオーディションを受けて、それからライブに出させてもらうというかたちだった。月に一度だけ吉本の舞台にあがる。本当にただそれだけなので、最初のうちは「吉本に入った」という気持ちはそんなになかったんです。それがいつの間にやら月2回になり、出番が増えて、テレビのオーディションも受けさせてもらうようになって……。気付けば、吉本のタレント名鑑に「アレ、出てる――」。なしくずしというか、そんな感じで。

5カ国語を話されるとか

 昔、『進ぬ!電波少年』という番組に出演していたことがあって。番組の企画で〈外国語を勉強して、その国の言葉でその国の人を笑わせる〉というがあったんです。番組側が芸人を拉致して監禁し、24時間勉強させる、というようなふうにして始まるんですが、僕は別にそれがイヤじゃなかったんです。それどころか、すごく集中して勉強できた。でも当時は、周囲から「キツかったのでは」みたいに凄く言われました。でもこれって仕事ですからね。特殊だし異常かもしれないけど、僕としては与えられた仕事を一生懸命やったというだけでしたね。

漫画を描こうとはいつ

 それは、この漫画を書く、となったまさにそのときからですね。それまではまったく意識していなかった。作品の原点は、なんといっても、大家さんとの出会いです。大家さんと仲良く過ごすなかで、たくさんのエピソードが生まれた。と同時に、その話を面白がってくれる人もどんどん増えていった。で、なにか作品にしてみたら、と薦められて、気づいたら漫画を描いていた。

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