
「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話
キリスト教を宣教すること、キリスト教の信仰を告白すること、こうしたカテゴリーは、キリスト教界にあって意味をなさない。ここキリスト教界で意味をなすのは、人間が至高のものを有していることを認めつつ、人間をしてその自分が有しているものに気づかせる手助けをする助産術だけだ。14
ドイツの哲学者ガダマーの回顧によれば、マールブルク大学に着任したばかりのハイデガーは、マールブルク神学者協会の講演会に参加し、次のように発言したといいます。
ひとを信仰へと呼びかけることができる、と同時に、ひとを信仰のうちにとどめておくことができる、そのような言葉を探すことが神学の本来の仕事です。15
ガダマーはこの発言を「両義性にみちた、正真正銘のハイデガー流」と手放しで賞賛します。しかしハイデガーその人もよく知るように、キェルケゴールはこの発言に先だって、ソクラテスとともに「間接的伝達」という対話的手法を練り上げ、著作家活動を営んでいました。ハイデガーがいうところの「本来の仕事」に半生を捧げました。ハイデガーの発言は、「正真正銘のキェルケゴール流」なのです。
次回の後篇では、〈実存哲学〉の系譜を、キェルケゴールからウィトゲンシュタインへと辿り、言語ゲームという視角から「対話」を捉えなおします。そのうえで主体的な真理の探究としての哲学と対話について考察します。楽しみにお待ちください。

竹之内 裕文(たけのうち・ひろぶみ)
静岡大学未来社会デザイン機構副機構長、農学部・創造科学大学院教授。専門分野は哲学・死生学。東北大学大学院文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。東北大学大学院文学研究科助手、静岡大学農学部・創造科学技術大学院准教授を経て、2010年4月より現職。ボロース大学(スウェーデン)健康科学部客員教授(2011-12年)、グラスゴー大学(英国)学際学部客員教授(2022年)、松崎町まちづくりアドバイザー(2022年-現在)。 「対話」と「コンパッション」を柱に、国内外で広く活躍している。死生学カフェ、哲学塾、風待ちカフェ、対話・ファシリテーション塾などを主宰する。団体コンパッション&ダイアローグ(一般社団法人化を予定)代表。『死とともに生きることを学ぶ 死すべきものたちの哲学』(ポラーノ出版)により第14回日本医学哲学・倫理学会賞を、研究発表「『死』は共有可能か? ハイデガーと和辻との対話」により第8回ハイデガー・フォーラム渡邉二郎賞を受賞。
(モルゲンWEB20260428)
