
三浦 しをんさん(小説家)
学校を選ばれた理由は
実はマンガの影響なんです。そのころ読んだマンガに出てくる学校が、石造りの重厚で風情のある建物で、階段の手すりは木製で、彫刻が施してあるような。それで、私もそういう学校に通いたいなと……。ったく、アホですね(笑)。実際私の行った学校は、当時凄く校舎が古くて、薄暗い石造りの建屋で、キリスト教系の学校だったので、窓にステンドグラスがはまっていたりして、校舎内の階段には木の手すりもあったんです。それですっかり、その学校がいいなあと思ってしまって。女子校なのもいいな、と。小学校のとき、男の子って苦手だったんですよ、乱暴だしうるさいから(笑)。それがその年齢の男の子の可愛いところなんだけど、当時はそんな風に思わなくて、ああ、嫌だ、中学からは女子だけがいいな、と思って選んだ理想の学校だったはずだったんです(笑)。
小さなころから自分のことは自分で決めていたんですね
そんな積極性もないんですけど、黙って言うことを聞く子どもではなかったですね(笑)。家でも凄く言い合いをしていて、もう自分たちの主張のぶつけ合いですよね。だから本当に疲れるんですよ。父親が暴君とかではなく、対等にぶつかり合うので、家はあまり、心休まるところではないですね(笑)。

大学では映像や演劇関係を学べる学部に進学を
そうです。大学の授業は結構真面目に出ていたんですよ。勉強自体は面白かったし、興味がある分野だったので。図書館で本を読んだりもしていました。あとは、マンガ喫茶に寄ってマンガを読んだり(笑)。
ただ、勉強は面白かったんですけど、これを仕事にするのは大変なことだ、と思い始めて。映画製作はなにしろ集団の作業なんですね。そういうのは自分には絶対向かないと思いました。でも卒業は迫ってくるわけで、就職はしなくちゃなりませんから、働くなら何がいいかな、と考えた時に浮かんだのがマンガの編集者です。マンガが好きだから、マンガを読んだり、マンガ家をサポートしたりすることで、お給料をもらえたら凄くいいぞって。そのころは自分が文章を書くということはまったく考えていませんでしたね。
そこからはマンガの編集者を目指して就職活動を
いろんな出版社をまわりましたね、でも結局どこにも入れなくて……。そもそも出版社は募集が少ないですからね。当時は本当に就職が難しい時代で、大学の親しい友人で出版社や企業に入れた人はいないですね。いまもだいたいフリーランスで、ライターをしたり、映画関係で働いたりしています。
演劇や映像の学科というのも、あまり就職向きではなかったんです。まったく他に潰しがきかないし、そういう学科に集ってくる学生は、青臭く突っ張っている部分があるから、自分が希望する職種の会社に入れないなら、自分の生き方で生きる、という(笑)。まあ、会社に入れなくても、なんとか食べていけるものです。
