
「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話
主体的な真理の探究としての哲学と対話
「主体的な真理の探究としての哲学と対話」という表題のもと、3回にわたって、ソクラテス、キェルケゴール、ウィトゲンシュタインの系譜を辿ってきました。そこから浮かび上がる「哲学」と「対話」の姿を、最後に確認しておくことにしましょう。
第8回の冒頭でふれたように、キェルケゴールの思想は20世紀に入ってから、ヤスパースやハイデガー、サルトルの関心を集め、そこから「実存哲学」が興隆しました。しかしそれに際して、キェルケゴールの思想はオリジナルのコンテクストから引き離され、加工を施されました。キリスト教的な色彩を脱色され、いわば中立化されるのです。一例として、ハイデガーにおけるキェルケゴール受容を見ておきましょう。
ハイデガーはフライブルク大学の私講師時代(1915-23年)にキェルケゴールと出会い、大きな衝撃を受けます。キェルケゴールからの影響は、『存在と時間』(1927 年)をはじめ、ハイデガーの著作に見てとられます。とりわけ『存在と時間』には、キェルケゴールの才気あふれる洞察が数多く散りばめられています。しかしその場合、キェルケゴールの名前と著書が言及されることは、ほとんどありません。キェルケゴールの独創的なアイデアは、当時のハイデガーが構築を目指す存在論的な体系のピースとして利用され、再配置されます。キェルケゴールの原思想は覆い隠され、わずかな痕跡をとどめるだけです。
このような不当な扱いは、なにに由来するのでしょうか。端的にいえば、ハイデガーにとってキェルケゴールは哲学者ではないのです。たとえば1923年の夏学期講義では、「彼[キェルケゴール]は神学者であったし、信仰の内部に、根本的に哲学の外部に立っていた」と断じられます14。なるほどキェルケゴールの著作には才気あふれる洞察が豊富に認められる。それらは哲学の貴重な素材となるが、それ自体では哲学とはいえない。ハイデガーはこのように考えるのです。とりわけ『存在と時間』前後の時期、彼は古代ギリシャ哲学――プラトンとアリストテレス――以来の「存在への問い」を新たな視角から問いなおすことを哲学の最大の課題と捉えていました15。それに基づいて〈実存〉を核とするキェルケゴール思想から、キリスト教色が脱色されます。いわば中立化されたうえで、新しい存在論の枠組みに組み入れられるのです。
キェルケゴールは哲学者ではないというハイデガーの評価は、その後も変わりません。キェルケゴールは哲学者ではなく、哲学の外部に立つのでしょうか。「哲学」をどう捉えるかによって、答えは変わるでしょう。これまでの考察を踏まえれば、私たちの答えは、ハイデガーと異なったものになります。
私たちは生きる困難に直面し、不安や孤独、あるいは絶望のなかで、苦悩しながら自己のあり方を選びとって生きています。そのような人間の主体的なあり方、身をもって生きられるあり方を、キェルケゴールは〈実存〉という語で表現します。〈実存〉を問題とするかぎり、自身の主体性や実存を棚上げすることができません。むしろ自らの主体的な生き方を足場に、普遍的な真理を引き受け、思考する態度が求められます。この要請に応えるのが〈実存哲学〉であり、「主体的な真理の探究」です。
キェルケゴールはソクラテスとともに、主体的な真理の探究を進めます。ソクラテスの場合、それは他者とともに、対話を通して進められます。「哲学」と「対話」が結合するのです。真理は、他者と共有可能なものですし、またそうでなくてはなりません。それゆえ哲学という営みは、対話を要請します。対話は、それが真剣なものであるかぎり、徹底した探究の態度を求めます。主体的な真理の探究においては、「対話」と「哲学」が組み合わされ、双方の精神がいかんなく発揮されるのです。
14 『オントロギー(事実性の解釈学) ハイデッガー全集第 63 巻』篠憲二訳、創文社、1992 年、37 頁。
15 ハイデガー『存在と時間(一)』熊野純彦訳、岩波書店、2013年、67-74頁。なおここでもキェルケゴールに由来する「反復」という概念が用いられています。
