林 典子さん(フォトジャーナリスト)

「事前に国や土地、相手の調査を入念に行って、地道にアポイントを重ね、コミュニケーションを深めた上でのことです。会った日から泊まる事もあれば、ときには宿泊先から何日も通い、それから泊まる事も。国や相手に合わせてその都度変わるけれど、決してバックパッカーで見知らぬ国を回るような危険はないですよ」

 と林さん。それでも、海外に出て写真を撮っていると、思わぬ反応に出くわすことも多い。キルギスやカンボジア等、危険と見なされやすい土地に、女性が通うのに否定的な見方もあるというのだ。女性の人権侵害を題材にするうち、図らずも、日本国内の女性の可能性を限定する価値観とぶつかるようになった。

 海外では、現地に駐留して活動する女性のNGO職員も多くいる。林さんよりもはるかに危険度の高い仕事が普通に受け入れられているのだ。 現在(2015年)もイラクを撮影するが、フランスの『ルモンド』、イギリスの『BBC』、それにアメリカの友人写真家と家を借り、そこを拠点に活動している。

 今のイラクは大手メディアが数多く出入りして取材をする国、海外でのハードルは決して高くない。それが、他国の若い記者に混じって取材し帰国すると、日本では〈自己責任論〉に基づく批判を前提として活動を発表することになる。そしてそこでもまた、〈女性〉ということが槍玉に挙げられるのだ。そんな状況にジレンマを感じつつも、「取材で撮影した作品を目にした人たちが、少しでも何かを感じてくれれば……」と眼差しを上げた。

 キルギスの誘拐結婚やパキスタンの硫酸に焼かれた女性等、直接の支援が難しい人々――、それでも、彼女らの考えや思いを伝えることはできるはず。そんな思いからNGOと連携し、撮り溜めた写真を使ってポスターを作り訴えることもある。そうすることで各分野の専門家の動きを促したいという意図だ。

 アフリカなど諸外国に比べ、日本はまだまだ豊かだ。ある程度、自由に使える水、都市部にいれば殆んど全ての日用品も手に入る。一度でも海外へ出て生活すれば、これらの凄さを忽ち実感することになる。反面、国を出なければ、その素晴らしさを感じることも少ないだろう。だからこそ……、と言うと一呼吸おいて。

「自分の写真が富や自由に恵まれない人たちの存在を先進国の人たちに伝え、何かを感じてもらえれば。もしかしたら享受する恵みへの感謝、社会貢献活動への意識、周囲との接し方も変わるかもしれない。そういうことを大事に思っているんです」

 現在は講演などで忙しく、なかなか動きが取れない日が続くが、それでもイラクのクルド自治区には地道に足を運んでいるという林さん。

「危険よりも生活様式の違いの方がつらい、カルチャーショックは感じない方なんですが、実はベジタリアンなんです。取材には合わない体質かも(笑)」

 そう言って微笑む視線は、言葉とは裏腹に志に満ちていた。

はやし のりこ 1983年生まれ。大学在学中に西アフリカ・ガンビアの地元新聞社ザ・ポイント紙で写真を撮り始める。2012年「失われたロマの町」、13年「キルギス 誘拐婚の現実」をナショナルジオグラフィック日本版に発表。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳―いま、この世界の片隅で』(14年)、写真集に『キルギスの誘拐結婚』がある。14年、全米報道写真家協会(NPPA)「フォトジャーナリズム大賞(現代の社会問題部門)」1位受賞。

(月刊MORGEN archives2015)

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