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  • 過去に読書と教育の新聞「モルゲン」に掲載された記事からランダムでpickupし紹介。

八重樫 東さん(元プロボクサー世界王者)

 漫画を好きなったのには、ひとつには兄の影響がある。漫画が好きで、書くのもうまい兄の姿をいつも、凄いナ……と眺めていた。だが一方で、テーマを見つけ、ストーリーをつけて展開を考えて……、自分には向いていない、とも考えた。

 少年の目にいまだ未来の地図は映らない。それでも、中学生になる頃には、漠然とではあるが、強い感覚を手にする事になる。

 それは、「サラリーマンにだけはなりたくない」というもの。毎日会社に行って、同じ事をして、楽しいのかな……。周囲に溢れる定型文にも似た人生に、どうしても馴染めなかった。

 中学はバスケット部に入部した。当時、いわゆる黄金期を迎えていた『週刊少年ジャンプ』。その中で、ひときわ異彩を放ったのがバスケットボールを主題にした青春漫画『スラムダンク』だ。

 列島を包んだ空前のバスケットブームに巻かれ、少年もまたその世界に飛び込んだ。しかし、現実は非情なものだ。漫画の主人公たちのように恵まれた体格も、図抜けた身体能力もない。それどころか、むしろ身長は小さく、運動神経も決して良い方ではなかった。

「自分には無理だ」少年の心にはすぐに諦めが宿る。この頃の自身を「自己評価が低かった」そう形容するが、この性質はプレイにも影響し、決してリスクはとらず、目立とうとしない箸にも棒にもかからない無難なプレイヤーだった。今思えば団体競技は向いていなかった……、視線を少し落として八重樫さんは小さく笑った。

 高校は黒沢尻工業高校に進学した。とりたてて目標があったわけではない。父も兄も工業高校の出身、なら俺も……、それだけのことだった。

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