杉田孝之さん(教諭)

 2020年11月16日、千葉県立津田沼高校で、筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)をテーマにした社会科の研究授業「生きること、死ぬこと、社会的責任を考察する」があった。ALSは運動神経系が徐々に侵される進行性の難病で、終末期になると、歩行はおろか呼吸さえ困難になる。19世紀の確認以来、未だに原因は不明で、治療法も確立されていない。教鞭を執るのは杉田孝之教諭。難しい題材にも「自分がやるしかない」と意気込んだ。コロナ禍の学び舎で、黒板を見つめる3年生の熱の入った眼差しを背に授業は始まった。

恩師の闘病と嘱託殺人

 杉田教諭がALSに取り組み始めたのは、恩師・谷川彰英さんの闘病がきっかけだった。元筑波大の副学長で、著書も多く出すなど、その精力的な活動に薫陶を受けていただけにALSの受難は衝撃だった。病身を押して書いた闘病記『ALSを生きる』(東京書籍刊)には、刻一刻と病魔に蝕まれる恐怖と家族の絆が刻まれたが、それは概ね生きる意志を示していた。

 まだ茫洋とする命の授業の骨格を固めたのは、昨年11月、京都で起きたALS女性患者の嘱託殺人事件だ。被害者の林優里さんは、発症時42歳。好発年齢が50~70のALSでは比較的稀な若さでの発症だった。大学では建築学を専攻、アメリカに渡り、卒業後も設計会社で意欲的な働きを見せるさ中の突然の禍患が、一体どれほどの衝撃を与えたかは想像に余りあるが、筋力の衰えと共に使い始めた視線入力のパソコンから紡ぎ出される言葉には、確かに絶望が滲んでいた。〈屈辱的〉〈惨め〉……、運命を呪う言葉が次々とSNSに並び、やがて死すら願うようになる。その心の隙間に入り込んだのが、加害者の医師らだった。のちに二人は、林さんの依頼で薬殺を請け負ったとして逮捕、起訴されることになる。

ALS患者の心と選択

 この一連にマスメディアを通じて印象的な発信を続けたのが岡部宏生ALS協会前会長だ。自身も14年ほど前にALSを発症し、一時は絶望のあまり死すら望んだ経験から、この事件は、単なる殺人と安楽死の対立構造というだけでないと警鐘を鳴らした。ALSはその病性上、常に「生きたい」と「死にたい」を繰り返す。じわじわと衰える肉体に、ときに自棄になるし、今度新薬が……、と聞けば希望を抱かずにいられない。何より辛いのは、発症後数年で訪れる生死の選択だ。自立呼吸が困難になると、いよいよ人工呼吸器の出番となるが、その決定は患者本人に委ねられる。現実には3割が付けることを選択、7割は生きるのを諦めるが、そこには根深い問題があるのだ。ALSは、その「寝たきり」という病状から、近親者に過酷な介護を強いる。結果として経済的に困窮する家庭も多く、また不治の病だけに希望も持ちづらい。が、それよりも前提にあるのが「パターナリズム」の問題だ。

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