『「嫌い」の感情が人を成長させる 考える力・感じる力・選ぶ力を身につける』

樋口 裕一/著

さくら舎/刊

定価1,540円(税込)

明確で痛快な読後感がある一冊

 表紙を見る。タイトルの「嫌い」の文字が一際大きく眼に飛び込む。どうしよう、「好き」の感情が人を成長させると、今まで生徒にそう言い、そのように接してきた。自分の考えと真逆の本だろうかと、若干、不安に思う読者もいるかも知れない。私がそうだった。
 しかし、改めて表紙を見てみる。そこには、色違いの椅子のイラストが数脚描かれている。それは、本書では、もう一つ深い所から人間の在り方や関係の考察がなされ、私たちは読み進めていくと、私を縛っている「好き」「みんな仲良く」を強要する社会の同調圧力から自ずと解放され、ここには私たち固有の感情をそれぞれ大切にする、多様な共存のための席が複数あると、示唆していたのである。
 得難い書である。「嫌う」ことは、実は、自他を見つめ、人間を成長させると、説く。「嫌い」を抑圧せず、もっと「嫌い」を認めて、気楽に「好き」「嫌い」を言いあえる、風通しの良い社会になろうと語る。その「嫌い」は、断じて、人を貶め排除する「嫌い」ではないのである。著者も体験したSNSでの誹謗中傷問題も具体的に書かれ、「拒絶・排除にならない上手な『嫌い方』」や「嫌いなもの・嫌いな人とのつきあい方」の章もある。その中には「上手な悪口のいい方」などの話も(笑)。
 「嫌い」の感情をメインテーマに、これ程、明確で、かつ、痛快な読後感のある本は、そうあるものではない。
 新しい人との出会いが巡ってくる新年度・新学期に、自他ともに奥行きのある見方・接し方の覚醒を生む、この一書を、私は、今、躊躇なく薦める。

(評・自由の森学園高等学校講師 大江 輝行)

(月刊MORGEN archive2021)

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