『国を救った数学少女』

ヨナス・ヨナソン/著、中村九里子/訳

西村書店/刊

本体1,500円(税別)

人間の愚かさと次に何が起こるか分からない物語の魅力

 読み出したらやめられない小説って本当にあるんですね。それがスウェーデン発の本書。「次に何が起こるかわからないわ。」(主人公の少女の言葉)で、一気に読ませる面白さがあります。そして、それだけで
は終わらせないのが、本書の魅力。

 アパルトヘイト時代の南アフリカで、し尿処理場で汲み取り桶運びに明け暮れた、数学に明るい黒人少女。彼女は数々の危機(と同時にコミカルでもある出来事)をくぐり抜けスウェーデンにたどり着く、しかも原子爆弾1個と!この核兵器の処理に頭を悩ませながら、強烈なキャラでしごく迷惑な仲間や愛する青年と、なんと王や首相や
某国家主席を巻き込んでのスラップスティックコメディを展開します。笑いの内から、彼女の「よし、自分の人生と向き合うぞ」という気概が伝わって来ます。この「ナマエナンダ」と呼ばれていた女性と「ホルゲル2号」というスペア扱いだった青年が出会い、幾度の災難を切り抜けて、自分たちのアイデンティティーと存在承認、そして
世界の平和をゲットしていく、そんな波乱万丈の、苦味も充分効いている冒険譚です。

 読後、それまであまり視野に入らなかった南アや北欧も含む現代史、差別とイデオロギーによる人間疎外、核の時代に生きていることへの認識が深まります。しかも、それが極ウマの表現を通して。思わず、作者の前作『窓から逃げた100歳老人』にも手を伸ばしてしまいました。

 最後に、本書の翻訳に触れると、生気溌剌・歯切れの良いリズムで、作者の「人間の愚かしさ」への痛烈な批判も活かしつつ、快適に読み進める楽しさを存分に味合わせてくれる、とても見事なものでした。

(評・自由の森学園図書館司書 大江 輝行)

(月刊MORGEN archives2016)

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