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  • 過去に読書と教育の新聞「モルゲン」に掲載された記事からランダムでpickupし紹介。

清々しき人々 第8回 景観建築を誕生させた F・L・オルムステッド(1822-1903)

 オルムステッドの設計した公園に共通する特徴は、ヨーロッパの歴史のある宮殿の公園のように、整然とした並木や幾何学的な模様の花壇に草花が植栽されているのではなく、自然景観を再現する公園でした。両岸が石積みで整備された直線の水路ではなく自然な曲線の水路、芝生のある丘陵ではなく地層の露出した岩山、整備された並木ではなく雑木の森林のような風景がアメリカの人々の嗜好に合致し、全国各地から設計を依頼されたのです。

 公園の設計での名声は大学のキャンパス計画の依頼にも波及しました。一八五七年以後、カリフォルニア大学バークレー分校(一八六五)、セントルイス・ワシントン大学(一八六五)、ギャローデット大学(一八六六)、コーネル大学(一八六七)、バーウィック・アカデミー(一八九四)などのキャンパスの設計を依頼されています。そして父親の仕事を継承した二人の息子も多数の大学キャンパスを計画し、合計五〇以上にもなります。

 さらにオルムステッドを有名にしたのは、コロンブスのアメリカ発見四〇〇年を記念して一八九三年にシカゴで開催された「コロンビア大博覧会」です。ミシガン湖畔の広大な土地に入江や運河を構築、二〇〇棟以上の建物が建設された壮大な会場を計画したのが当時のアメリカを代表するJ・W・ルート、C・B・アトウッド、D・バーナム、そしてオルムステッドでした。この企画は成功し、半年で二七〇〇万人の観客が殺到しました(図5)。

図5 コロンビア大博覧会(1893)

自然保護に尽力

 しかし奴隷制度に反対であったように、正義の意識の明確なオルムステッドは自然環境保護にも尽力します。一八六五年にカリフォルニアのマリポサ鉱山で仕事をしていたとき、前年に州立公園に指定された直後のヨセミテに旅行し、アメリカで最大の落差(七三九メートル)のあるヨセミテ・フォールズ(図6)やリボン・フォールズ(四九一メートル)、セコイヤの巨木が群生しているマリポサ・ビッグ・ツリー・グローブを見物します。

図6 ヨセミテ・フォールズ

 

 しかし、当時は林業や鉱業の企業が公園内部に進出し、樹木を伐採したり鉱石を採掘したりしていました。そこでオルムステッドはヨセミテ渓谷を公共の公園としてカリフォルニア州の土地にし、自然環境を管理するための組織を創設することを連邦議会に請願しました。それが認定されて組織が設立され、オルムステッドは委員長となって国立公園の制度の創設に尽力し、ヨセミテも一八九〇年に国立公園に指定されることになります。

 さらにナイアガラ瀑布の保全にも貢献しています(図7)。一八八〇年にナイアガラを訪問したオルムステッドは周囲に民間の営利施設が乱立し、発電施設まで建設されていることに愕然とします。そこで訪問してきた人々が自由に利用できる公共施設を整備することをニューヨーク州政府に提案します。やや時間がかかりましたが、一八八七年に自然環境の保全を義務とする土地保護制度が成立し、営利施設を排除することに成功します。

図7 ナイアガラ瀑布

景観建築を開拓した巨匠

 次々と新規の分野を開拓してきたオルムステッドも七三歳になった一八九五年に引退を決意し、九八年にマサチュセッツのベルモントのマクリーン病院で生活するようになり、一九〇三年に死亡するまで滞在しました。遺体は故郷のハートフォードの墓地に埋葬されました。それ以後は二人の息子J・C・オルムステッドとF・L・オルムステッド・ジュニアがオルムステッド兄弟会社を設立し、一九八〇年まで父親の開拓した仕事を継続しました。  名前が現在まで伝承されている最古の技師は紀元前三〇世紀にエジプトのサッカラにある段状ピラミッドを設計したイムホテップとされていますが、それ以後、建築技師は都市計画や庭園設計も実施してきました。しかし、オルムステッドは一九世紀に景観建築(ランドスケープ・アーキテクチュア)という新規の分野を開拓した最初の人間です。膨大な公園や大学の敷地計画を実現してきましたが、質量ともに偉大な人物でした。

つきお よしお 1942年名古屋生まれ。1965年東京大学部工学部卒業。工学博士。名古屋大学教授、東京大学教授などを経て東京大学名誉教授。2002、03年総務省総務審議官。これまでコンピュータ・グラフィックス、人工知能、仮想現実、メディア政策などを研究。全国各地でカヌーとクロスカントリーをしながら、知床半島塾、羊蹄山麓塾、釧路湿原塾、白馬仰山塾、宮川清流塾、瀬戸内海塾などを主催し、地域の有志とともに環境保護や地域計画に取り組む。主要著書に『日本 百年の転換戦略』(講談社)、『縮小文明の展望』(東京大学出版会)、『地球共生』(講談社)、『地球の救い方』、『水の話』(遊行社)、『100年先を読む』(モラロジー研究所)、『先住民族の叡智』(遊行社)、『誰も言わなかった!本当は怖いビッグデータとサイバー戦争のカラクリ』(アスコム)、『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)、『幸福実感社会への転進』(モラロジー研究所)、『転換日本 地域創成の展望』(東京大学出版会)など。最新刊は『凛々たる人生』(遊行社)。

(モルゲンWEB)

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