
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
伊藤 亜紗/著
光文社/刊
本体760円(税別)
「見ていない」からこそ写真を超える絵を描けた
ドイツ人画家デューラーが制作した「犀(サイ)」の木版画を見たことがありますか? この絵は簡単な犀のスケッチと説明をもとにして描いた作品です。だから細部を見ると本当は何も無いところに小さな角があったり、皮膚が鎧のようになっていたり…でも全体を見るとリアルな犀なのです。
なぜ、彼は実際に犀を見たこともないのに描くことができたのか? ず~っと疑問でしたが、この本を読んで謎が解けました。彼は「見ていない」からこそ写実を超える絵を描けたのです。答えになってない? 読めばわかります。実感できます。
この本では空間・感覚・運動・言葉・ユーモアをテーマに「見えない人」の世界を「見る」ことができます。読んでいくうちにいろんなことがスッキリしていきます。それは言葉にしにくいものを言葉で解明していく美学を専門とする著者ならではの技です。
そしていつの間にか、見える/見えないの違いが面白く思えるようになってしまいます。この視点は一般的には不謹慎と思われがちです。でもその差異を超えて対等の関係になったとき、お互い「見える」ものが現れることを体感できます。読者は著者の罠に引っかかって「変身」してしまうのです。
私は、大学生のときに白杖のおばあさんが重そうに手荷物を持っていたのを見て、「持ってあげましょうか」と荷物を手にした瞬間、「ドロボー」と言われて刺さった「小さな棘」がお陰様で抜けました。
表紙のヨシタケシンスケさんの絵も罠の一つになっています。
(評・岩手県立釜石高等学校教諭 髙橋 利幸)
(月刊MORGEN archives2019)