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蓮見孝之さん(TBSテレビ アナウンサー)

「イクメンオブザイヤー」――2011年に始まった10月19日を「イクメンの日 (10(トウサン)19(イクジ)の日)」にその年1番育児を楽しみ・頑張ったパパを表彰する試みだ。

 第12回となった今年、イクメンアナウンサー部門で壇上に立ったのは蓮見孝之さん。TBSアナウンサーとして着実な歩みを見せる社会人の顔が、刹那パパの表情を湛えはにかんだ。

 サッカーに明け暮れた少年の頃、視界に捉えた未来はどう報道人に繋がったのか……。俊英に人生の轍をたずねた。

 蓮見さんが育ったのは、埼玉県浦和市。近年、大宮・与野の両市と統廃合され、今はさいたま市浦和区となっているが、いわずと知れたサッカーの強豪地域だ。そんな土地柄もあって、幼い頃から周りの子供たちにまじって熱心にボールを追いかけた。

 誰かに「将来の夢は?」と聞かれれば、友達と声を揃え、勢いよく「プロのサッカー選手!」と答える。小学校3年時には、本格的にクラブ活動に入部。以降、高校の3年生になるまで、どっぷりとサッカー漬けの日々を送った。

 高校は浦和市立高等学校を進学先に選んだ。ここは、サッカー強豪校であると同時に県有数の進学校でもある。当時を振り返って「勉強にはそれほど自信はなかった。サッカーばかり真剣で……」と笑うが、高校2年次には、(自分の力はプロに挑戦するレベルに遠く及ばない)と、少しずつ別の将来を模索し始めた。

(サッカーで生きられないとなれば、やはり大学に進学するしかない。それでは一体、自分は将来何をしたいのか。やはりサッカーに関わる仕事ができれば幸せだろうか)漠然とした思いを胸に書籍を開いては、次々に様々な職業を調べていく。

 いくつかの仕事が目に留まったが、一生続けられる仕事がいいだろう、と条件をつけてさらに絞り込む。(教師はどうだろう。教える側に立って自分の果たせなかった夢を子供たちに託し、関わっていく……、いや、それより地域の少年サッカーチームに携わろう。それともスポーツメーカーに勤務しようか……)。

 選択肢は多くあった。しかし、その中でひと際輝いた職業は、やはりアナウンサーである。テレビ局に勤めれば大きな大会に関わる機会もきっと増える。そんな期待が胸を捉えて離さなかった。

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