『君はるか 古関裕而と金子の恋』

古関 正裕/著

集英社インターナショナル/刊

本体1,600円(税別)

作曲家と妻の恋愛小説 同時に芸術が生まれる物語

 作曲家の古関裕而氏と妻の金子(きんこ)氏との文通を通した恋愛物語である。息子の正裕氏が、両親の往復書簡を元に小説として書いている。現在放送中の朝ドラ「エール」のモデルになっている。恋の炎に焼きつくされるほどの切なくて苦しく、また喜びに満ちた様子が、手紙に綴られている。その純粋な愛は、難航していた作曲中の協奏曲を完成させる。恋愛小説であると同時に、芸術が生まれる物語でもある。

 古関氏はポピュラー音楽で有名だが、初期はクラシックの作曲家だった。福島商業高校在学中から、独学で作曲を学んだ。舞踏組曲「竹取物語」で国際作曲コンクール第二席に入選する。そのニュースは、新聞で大々的に報じられる。この記事を、声楽家を目指していた十八歳目前の金子さんが偶然目にして、二十歳の古関氏との文通が始まる。それから四ヶ月間、「世界一強い恋」が、写真の交換はあるが一度も会うことなく育まれ、「君はるか」の歌が生まれる。

 初対面の直前まで、古関氏は留学するか、金子さんとの結婚をとって芸術の道を諦めるか迷っていたが、福島の自然の祝福と和尚さんのアドバイスもあって、金子さんとの結婚と、一緒に芸術の道を歩むことを決意する。

 ハイライトの初対面の描写は短いが美しい。これまでの文通で熟成された愛に、言葉はいらなかった。アナログで時間のかかる手紙のやりとりだからこそ生まれた愛。そこに刻まれた筆跡から、その人の人柄までを想像する。SNSなどのIT技術が置き忘れたものがこの物語にはある。

(評・埼玉県立小鹿野高等学校講師 江田 伸男)

(月刊MORGEN archivs2020)

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