
『競歩王』
額賀 澪/著
光文社/刊
本体1,500円(税別)
地味で過酷な練習を悩みもがきながら成長する姿
陸上競技の科目は数多くあるが、競歩という種目はスポーツニュースでレースの結果は報道されるものの、中継は番組表でも目にした記憶がない。また、ルールについても「走ってはいけない」くらいしか理解しておらず、フォームなどの細かいルールがあることは本書で初めて知った。
この作品は、東京オリンピックを目指す競歩の選手が努力し、地味で過酷な練習を悩みもがきながら成長していく内容だが、選手と関わっていく新進気鋭の作家が一つの作品を仕上げていくまでの、いや、創作する第一歩に行き着くまでの悩みや苦悩する姿を選手にダブらせているように思う。
レース中に何を考えているか? と問われた選手が、半分はレースと関係ないことを考えているという言葉に共感した。私は市民ランナーとして数々のマラソンレースに参加しており、レース後はおいしいものを食べよう、このコースあたりの景色は…などを考え、苦しさを紛らしているのだ。だからこそ完走後は、充実感・達成感で次の大会に出ようと思ってしまう。
だがプロの世界は過酷だ。仮に世界新記録でゴールしても、競技中に歩形違反して警告カードが出され、それが3枚累積すると失格となり記録や競ったレース中のすべてが無になる。同様に、作家が自分にとって大変満足がいく作品が完成しても、その作品の売れ行きが悪く、書店の目につく場所に並んでいなければ、競歩の「失格」と同じ憂き目に遭うわけだ。なんと残酷ではないか。両者の心境の変化を、本書から興味深く読むことができた。
(評・京華女子中学高等学校 教諭 川本 敏郎)
(月刊MORGEN archives2019)