谷 正純さん(宝塚歌劇団 演出家)
大学では講義を受ける傍ら映写技師のアルバイトに勤しんだ。先輩たちが代々受け継ぐ伝統の職場で、学校で学んだ技術を振るいながら、小窓の向こうのスクリーンに目を向ける。時折余ったフィルムの切れ端を見つけてはポケットにそっと忍ばせニンマリする。
大学に戻ればステージからセットまで映画をかたち作るすべてがあった。映画と生活を共にする心地良い毎日が続く。しかし夢のような季節もやがて終わりがやってくる。就職活動が始まると、青年は夢の続きを見るため、必死に映画会社の募集を探した。
だが、いくら大学の就職掲示板を見つめても募集は一向に見つからない。祈るように東京近郊から地方までくまなく目を光らすと、大先輩『黒澤明』監督もメガホンを握った〈宝塚撮影所〉の文字が目に入った。
ここでやれたらいいな――しかしここも募集はないか……。そのとき、ふと隣合った『宝塚歌劇団』に視線が止まった。〈演出家募集〉の文字も。ここに入れば、ひょっとして映画にも関われるんじゃないか――。
目の前に突如現れる宝塚の大階段、その初段を青年の足は静かに踏みしめた。