• 十代の地図帳
  • 青春の記憶に生きるヒントを訊くインタビュー記事

小野正嗣さん(作家)

子育てには理想的な環境ですね

 そうですね、ただその反面、ときには人間関係が濃密すぎて鬱陶しく感じられたり、周囲のあまりの視線に自意識過剰になってしまうこともありましたが、それでも、周囲から暖かく見守られているということの恩恵は大きかったと思います。

 つい先日のことです。帰省する機会があって、そのとき地域の複数の学校が吸収合併した中学の講堂で、生徒たちを前に話をしたんです。

「みんなは、『こんな田舎、退屈で鬱陶しい』と思っているだろうけど、一回飛び出して、外から見てみると、全然違う風に見えるよ」

 大体そんな話をして東京に帰ったんですが、後日、勤める大学に、あの日話を聞いた全員から手紙が届いたんです。目を通すと、

「田舎は退屈で鬱陶しいばかりのものと思っていました。でもお話を聞いて、時間の経過や視点の変化で見え方って随分違うんだな、と感じました……」

 そんな感想がいくつもあった。その手紙に過去の自分が重なって見えて、思わず窓の外を見上げると、眼前にはあの懐かしい田舎の広い海、町を取り囲むようにそびえる山々が広がって見えた。

 山と海に閉じられたこの町の向こうに、どんな世界があるんだろう—―、そんな夢想をしてばかりいたあの頃に戻った気がして。

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