• 十代の地図帳
  • 青春の記憶に生きるヒントを訊くインタビュー記事

笠井 信輔 さん(フリーアナウンサー)

『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』を通して一番伝えたいことは

 この本は、ぜひ若い人たちにも読んで貰いたいと思っていて。というのも、自分自身が癌になるという風に思っている人って本当に少ないんです。でも実際には今は二人に一人は癌になる時代で、もし4人家族ならそのうちの誰かがかかる確率は9割にも上るわけですよ。毎年100万人が癌を発症し、そのうち4割近くが亡くなっている。そう考えたら、やっぱりそこへの備えっていうのは必要だと思うんです。でもそれをうちの子たちに話すと、「いやァ、そんな風にはあんまり考えられないな……」というんですよ。後でそれを妻に話してみたら、「そんなに若いうちから癌になるかもしれないなんて思って暮らしてたら悲しすぎるし、私だってそうよ」って。それは誰しも癌になんてなりたくないし、もちろんそれは分かるんだけど、そこはやっぱり現実として、どこか心構えとして持っておかないと、私みたいにうろたえてしまうわけですよ(笑い)。「うおーっ、なんで俺が今癌にならなきゃいけないんだ」ってね。答えは簡単で、日本人の二人に一人は癌になるから、なんです。もう一つ挙げると、自分の父母や祖父母がかかる確率も極めて高いので、そうした意味でも日頃からどこか覚悟はした方が、いざというときショックを受けすぎないで済むと思うんです。なんでうちの親が……、じゃなくて、あ、やっぱりなるんだな、と受け止めた方が、だったらどうするか、という次のステップを踏みやすい。そんなことを自分で体験してみて伝えたいと筆を執りました。

若者にアドバイスを

 こんなに大変な時代に生きていて、もうハッキリ言って同情しかない。高校生のうちの息子を見ててもそうですよ。対面の授業が無くなりオンラインになって、あんまり外にも出ないという状況の中で、当然、学友と楽しい時間を過ごすこともないので、それはやっぱり気持ちがやさぐれてくるのは仕方がないと思うんです。ただ、僕はあの東日本大震災のときに〝引き算の縁と足し算の縁〟という考え方を学びました。死者、行方不明者2万人という甚大な被害が出た場所へ、その2日後には取材に行ったんです。そのとき震災直後は誰もが失った親族、友人を指折り数えて嘆くことしかできなかったのが、数週間も経つうちに、避難所で新しい友達が出来たとか、病院で看護師さんに知り合った、ボランティアの人と仲良くなったという風に明るい表情を浮かべるようになった。あげくに、津波があったから笠井さんに会えたなんて言う人まで出て来て。そういった自分が陥ってしまった困難のときに、どうやってスイッチをマイナスからプラスに切り替えるか、それがとても大事なんです。あの震災のときも、こういうときだからこそ、じゃあ自分はどこでなにをするのかというのを見つけることが出来た人から復興の中心人物になっていったんです。今もまさにそうで、どん底だって良いことはあるんですよ。僕もフリーになって僅か2カ月で癌を宣告されて、もうどうしようもないと思ったけども、ただそこでキャンセルになった仕事のことばかり引き算で考えているよりは、今癌になったからこうなれたっていう自分になろう、と。そこを考えて入院生活も送っていたし、病室の中からも色々と発信を続けた。癌になって嬉しくなんか微塵もないけれど、でも、この状況で出会った人、起きたこと、結ばれた縁、それを次に生かしていこうと決めたんです。今、希望の大学、高校に入れない、会社は募集すらない中で、じゃあ、それ以外の学校や会社に入って、どうして自分の人生こうなのか、なんてくすぶっていたら勿体なくてしょうがない。その第一志望でない組織で出会った人や起きたことで、今後の人生に重要なきっかけとなることが絶対にあるはずなんです。で、悔やんでばかりだとそのチャンスと節目を捉えられなくなってしまうんです。そうではなくて、自分のいる今ここで、なるべくいい縁と出来事を積み上げていこう、と、そういった姿勢が僕は大事なんだと思っていて。コロナ禍で全く面白いことも無いと思いますが、日常のちょっとした明るい出来事を心の貯金にして前を向いて欲しいと思います。

かさい しんすけ 1963年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、アナウンサーとしてフジテレビに入社。「とくダネ!」など、おもに情報番組で活躍。2019年10月、フリーアナウンサーに転身。直後、ステージ4の悪性リンパ腫に罹患していることが発覚。12月より入院。ブログで闘病の様子をつづり、ステイホームの呼びかけ(#うちで過ごそう)も行った。20年6月に完全寛解し、その後、仕事に復帰した。著書に『増補版 僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た』『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』など。ブログは16万人超、インスタグラムは29万人超のフォロワーを持つ。

(月刊MORGEN archive2021)

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