• 十代の地図帳
  • 青春の記憶に生きるヒントを訊くインタビュー記事

菊間 千乃さん(弁護士)

大学進学を決めたのは

 小学校3年生のときに「早稲田に入る」と決めたんです。きっかけはテレビで見たラグビー、同志社×早稲田。そのころ同志社には〝ミスターラグビー″平尾誠二さんがいた……、平尾さん格好いいでしょう(笑い)。それで「同志社に入りたい」と母に話すと、「そこ家からは通えないのよ……」。小さいころって家を基準にしないと何も想像できないじゃないですか。「じゃあこっち――」早稲田のジャージを指差して。それだけなんですけど、でもそうして決めてからは、一度も浮気はしなかったですね。

法学部を選ばれたのは

 高校生のとき、〝ベルリンの壁″が崩壊したんです。変わりゆく東欧諸国、ソビエト連邦崩壊……、巨大なうねりを懸命に伝える報道番組を見て、強い衝撃を受けた。私もこういう現場で働きたい、ニュースをやりたい――。それで、だったら大学時代から政治や法律を学んでおこう、と、そういう学部に絞って受けようと決めました。

受験勉強の思い出は

 大学受験のとき浪人を経験してるんです。私の通う学校は、カトリック系のいわゆるお嬢様学校で、あまり浪人を薦める学校ではなくて。クラスも今で言う〝特進クラス″だったこともあって、教室で浪人したのは私ひとりだった。それでも小さい時からずっと早稲田しか視界になかったので、どうしても、と浪人を選んだんですね。やがて夏休みになり、久しぶりの友人たちは、化粧にパーマをあて、すっかり大学デビュー。バブルの残り香に、サークルの先輩が、彼氏が……という彼女たちの声が混じると、もうどうしようもなく、耳を手のひらで覆うしかない。でもそのときひとつの覚悟が生まれた。「自分は自分だけの道を歩もう――」。それで、これは絶対に受からないと終われない、と猛勉強をして、早稲田入学を果たした。このときの体験は、いまもずっと自分を支えています。

弁護士を志したのはいつ

 もともと大学が法学部だったので、ゼミでも司法試験を受けている友達をたくさん見ていた。日本で一番難しい試験だというし、アナウンサーを10年やったら司法試験を受けたいな、とそのころから漠然と思っていて。フジテレビでは毎年「未来レポート」という書類を提出するんですけど、私は新人の1年目のときに「10年経ったら司法試験を受ける」と書いていたんです。というのも、そもそも28には結婚しているだろうと思っていて。当時の女性アナウンサーは結婚すれば第一線を退くのが通例だった。先輩を見ても30を過ぎてアナウンサーをしている人は誰もいない。でも私は、長くフジテレビで働きたいと思っていたので、10年後、結婚して第一線を退きつつ休みをとり、その間に司法試験をパスする。そして今度は、〝法律″という専門を持ってまたテレビで働きたいな、と。

弁護士の夢が動いたのは

 ちょうどその10年目にさしかかるころ、日本にはじめてロースクールができたんです。あるとき、番組でたまたま共演した弁護士の方がその推進派で、「ロースクールには夜間もある。菊間さんせっかく法学部なんだから行ってみないか」と声をかけられた。それが渡りに船だった。十年後は司法試験を――掲げた夢は、毎日の忙しく楽しい日常のなかで少しずつ埃をかぶり、埋もれかけていたんです。長いスパンの人生設計を見失いかけていた私は、その言葉に、ハッと我にかえった。この先、ずっと今のように一線で仕事ができる保証はない。それに現在のような再雇用制度もない当時は60歳で定年です。その点、弁護士には定年はない。夜間なら働きながらできるから辞める必要もない。よし、やってみよう、って。

今の十代にアドバイスを

 私は、大学は「早稲田」に、アナウンサーになるにも「フジテレビ」と決めていた。弁護士もそう。それで、なんで叶えられたかと言うと、たぶん、目標設定が早かったのと、具体的だったからだと思うんです。同じ目標を目指すにも、小学校3年からと高校になってからでは、それまでに興味を持って集積する情報量が圧倒的に違いますよね。夢を持ったらそれを周りに言うこと。そうすると周りが情報を集めてくれる。それを吟味してまた考える。もし何かに少しでも興味が湧いたなら、必ず具体的に掘り下げる。そうすれば、気付いたら中高が終わっていて何も見つからない、ということが少なくなると思います。へんに自分にリミットをかけずに、〝挑戦したい″というおもいを素直に表現していって欲しいですね。

きくま ゆきの 1972年、東京都生まれ。1995年早稲田大学卒業、同年株式会社フジテレビジョンに入社。アナウンサーとして活躍する傍ら、2005年大宮法科大学院大学(夜間部)に入学し、10年に司法試験に合格。現在は弁護士松尾綜合法律事務所にて、企業法務等を取り扱う。著書に『私が弁護士になるまで』(文芸春秋)、共著に『久保田英明ロースクール講義』(日経BP社)ほかがある。

(月刊MORGEN archive2017)

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