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谷 正純さん(宝塚歌劇団 演出家)

 宝塚はスターシステム(花形中心のシステム)を採用している。自分の趣味で主演者の良さを消す訳にはいかない――そうしてはじめて洋物を作った。

 宝塚の脚本、演出は稽古の様子を見ながら調整する。そのため、台本は輪郭を残して細部は緩めに、これも宝塚独自のスタイルだ。

 谷さんには忘れられない作品がある。デビュー作『散る花よ、風の囁きを聞け』だ。幕末の志士、伊庭八郎をモチーフに、その最期を美しく演出した物語。着手するちょうどその頃、父が病に倒れた。

 遠く東京の病院に入所する父――。青年は懸命に仕事に取り組むかたわら、休みになる水曜日には必ず上京し、病床に寄り添った。日増しに弱る父の姿が伊庭八郎の最期と重なっていく。

 心の整理は着いている。それでもどうしても存命中の父に演出家になった自分の姿を見せたかった。焼けるような想いを胸についに舞台の初日が明ける。数日後、舞台評の掲載された新聞を手に、東京へ急いだ。間に合った――。数十年立った今でも時折、父と二人、見合わせた笑顔が心の奥底で蘇る事がある。

 話の終わり、宝塚の魅力を尋ねると、「女性だけで、このメンバーだけでやるという制限、枷が、逆に舞台を創り上げるエネルギーになっている」と一言。

 どんなジャンルの作品であっても必ず宝塚になる、そう表現される宝塚演劇。その伝統を引き継ぎながらも、未来へ向け、もっと懐の深さを得られれば……。時代を築く演出家の瞳は、変わらぬ情熱と、次代への期待に溢れている。

たに まさずみ 1953年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。79年、宝塚歌劇団入団。86年、『散る花よ、風の囁きを聞け』で演出家デビュー。90年、『秋…冬への前奏曲』で宝塚大劇場デビュー。演出作品に『エデンの東』『ELDORADO』『くらわんか』『こうもり』など多数。

(月刊MORGEN archives2016)

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