沼口 麻子さん(シャークジャーナリスト)

現実社会と夢のズレに気付いて

 ところが、いざ就職活動を始めると自身と現実世界のズレに気付くことになる。どこを見てもサメの仕事など一つもない。仕方なく戸惑いながらも、師や学友、社会に促されるように合同企業セミナーに通い、会社を受け続けた。

 活動は実り、いくつかの内定を得る。一つ目はIT企業のプログラムエンジニア。二つ目は沖縄のイルカの仕事だった。これでもうサメとは関われない……、どうしようかとあれこれ考えたが、もう海はやめよう、スッパリと結論を出した。

 IT企業では8年を過ごした。だが、勤める期間が長くなるほどに、論理的思考を基盤とする作業に苦しみを感じるようになった。

 ある朝強い目眩を感じ、布団に倒れ込んだ。「ちょっと午前、半休します」会社に連絡した。 見上げると正方形の天井が照明を中心にグルグルと回り続けている。 それから一ヶ月半、立ち上がる事が出来なかった。

 休職期間は半年だった。その間に復帰か転職か、決めなければならない。友人たちはこぞって復職を奨めたが、考えるだけで体の調子が悪くなった。

 となれば転職しか無い。アルバイトでもなんでも端から受けたが、結果は振るわず。気付くと残る手はもう一つしか残っていなかった。仕事がないなら自分で作るしかない――、動かない体をむち打ち活動を続ける。そうして参加した営業セミナーでついに自分の強みに気付くことになった。

 それは、人一倍生き物が好きな事。とりわけサメが好きな事だった。途端にそれまでの暗中模索が嘘の様に視界が開ける。「シャークジャーナリスト」誕生の瞬間だった。自分は海洋学者の世界では、特別サメに詳しいとは言えない。それでも環境を、景色を変えれば、唯一無二になれるかもしれない、そう気付いた。

 動き出すとすぐ活動は軌道乗る。今ではイベントのトークショーに雑誌の連載、各種学校での講義、講演、サメ合宿……、活躍は多岐にわたる。

 話の終わりにシャークジャーナリストのスタンスを訊くと、

「現代は、専門家と一般人の知識がかけ離れすぎている。その隙間を時にメディアが面白おかしく埋めようとするけど、私はサメというコンテンツを使いその橋渡しをしていきたい。サメは〈人食い〉の汚名を着せられ恐れられている。けれども本当はおとなしく臆病な種が殆ど。人は襲わないんです。水中撮影に行っても警戒されて10回に9回は会えないくらい。サメは100%安全ではないけど、だからといって危険ではない、専門家では言い難いそういうことをうまく伝えていければ――」

目の奥に揺れる使命感は怯むことを知らない。

ぬまぐち あさこ 1980年、東京生まれ。東海大学海洋学部卒業。シャークジャーナリストとしてサメの生態について専門家と一般の人をつなぐ活動を行う。新聞・雑誌への執筆、講演活動、談話会主催、専門学校講師など様々な機会でサメの魅力を伝えている。

(月刊MORGEN archives2016)

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