八重樫 東さん(元プロボクサー世界王者)
拳闘との出会い
非日常のはじまりは唐突で、そして自然の成り行きだった。「ボクシング部に入ろう」中学時代のバスケ部仲間にそう誘われたのだ。
黒沢尻工業は県下では知れたスポーツの名門校。ボクシングも例外ではなく、インターハイの常連だ。そんな校風に惹かれボクシングをするためにここに来た、と友人は熱っぽく話す。
ボクシングは個人競技だ。団体競技で埋もれたそれまでと違い、続けていれば試合にも出れるかもしれない……。勉強も得意で、信頼できる友人の熱心な誘いに、少年はまっすぐ首肯いた。
ボクシングは階級制のスポーツである。リングで向かい合う相手は、すべて自分と同じ、背丈、体格である。野球やバスケットで上背やパワーで圧をかけられ、挑戦する前に折れていた頃とはうってかわり、少年はコツコツと練習を積み重ねた。
やがて努力は実を結び、才能は開花の時を迎える。インターハイ優勝――。ただこれは、「才能の開花」という言葉だけでは正確ではない。ともに練習を積み上げ、技を研鑽した友人たち、彼らに引っ張り上げてもらったのも大きかった。
「環境に恵まれましたね」当時を振り返り、懐かしそうに目を細めた。
ボクシングは、絶えず弱者が淘汰される厳しい競技だ。高校の部活道でも、年に5人から10人がやめていくのが通例である。そんな世界で、同期生たちは、誰一人かけることなく3年間を走りきった。
中には学生生活で一度も勝利を手にできないものもいたという。それでも、彼は腐らずグローブを磨き続けた。そんな仲間の姿を見ていたからこそ、僕が才能があったとかじゃなくて、仲間にひっぱられたんだと思います……、という言葉が出てくるのだろう。