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清々しき人々 第16回 女性の科学への道筋を開拓した エレン・スワロウ・リチャーズ(1842-1911)

ホーム・エコノミクスを展開

 大学は卒業したものの博士の学位を取得できなかったため教授として就職する機会がなく困惑していたエレンにMITは無給ではあるが大学で研究を継続できるようにします。そこで三一歳になっていたエレンは、これまで学費免除で教育と研究の機会を付与してくれた大学や社会への恩返しを決意します。その一部として一八七三年にボストン女子高校で一六人の女性に化学を教育する活動が開始され、エレンは授業を担当します。

 このような活動の効果により社会では女性が高等教育を享受できる機会を創設する機運が高揚し、一八七六年にMITは化学の特別学生は性別に関係なく入学できると決定し、世界最初の女性のための科学研究所も創設され、実質の運営をエレンがすることになりました。さらに七八年には特別学生という制度も撤廃され、全米から入学してきた女子学生は卒業して全米に離散し、各地で化学部門の男女共学を実現していくことになります。

 前述のように一八七五年に結婚したR・リチャーズとE・スワロウの自宅は多数の友人や学生が集合する場所となり、次々と交友を拡大していきました。そのような友人関係からホーム・エコノミクス(家政学)という概念が誕生し、一八九九年にレイク・プラシッド会議が開催され、エレンは議長に就任します。これは以後毎年開催され、その成果として一九〇八年にアメリカ家政学会が設立され、伴侶のリチャーズが初代会長に就任します。

 エレンが追求してきた環境問題とホーム・エコノミクスが関係あることを疑問とされるかもしれませんが、これは語源を解明すれば理由が理解できます。ドイツの環境学者E・ヘッケルがギリシャ語の家屋を意味する「エコ」と学問を意味する「ロゴス」を合成した造語「エコロジー」が環境学で、秩序を意味する「ノモス」と合成した造語「エコノミー」が経済学であるから、ホーム・エコノミクスは言葉が重複しているものの齟齬のない言葉です。

 地球規模の環境問題が経済や政治の対象になっている現在からすれば、エレンの提唱したホーム・エコノミクスは近視眼的な印象かもしれませんが、巨大な問題も各人の努力の集積でしか解決できないとすれば、ホーム・エコノミクスは大変に重要な学問であることが理解できます。学生時代には熱望しながら博士の称号は授与されませんでしたが、一九一〇年に名門のスミス大学から名誉博士の称号を授与され、翌年、自宅で死去しました。

つきお よしお 1942年名古屋生まれ。1965年東京大学部工学部卒業。工学博士。名古屋大学教授、東京大学教授などを経て東京大学名誉教授。2002、03年総務省総務審議官。これまでコンピュータ・グラフィックス、人工知能、仮想現実、メディア政策などを研究。全国各地でカヌーとクロスカントリーをしながら、知床半島塾、羊蹄山麓塾、釧路湿原塾、白馬仰山塾、宮川清流塾、瀬戸内海塾などを主催し、地域の有志とともに環境保護や地域計画に取り組む。主要著書に『日本 百年の転換戦略』(講談社)、『縮小文明の展望』(東京大学出版会)、『地球共生』(講談社)、『地球の救い方』、『水の話』(遊行社)、『100年先を読む』(モラロジー研究所)、『先住民族の叡智』(遊行社)、『誰も言わなかった!本当は怖いビッグデータとサイバー戦争のカラクリ』(アスコム)、『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)、『幸福実感社会への転進』(モラロジー研究所)、『転換日本 地域創成の展望』(東京大学出版会)など。最新刊は『凛々たる人生』(遊行社)など。

(モルゲンWEB 20220610)

 

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