『絶筆』
野坂 昭如/著
新潮社/刊
本体1,600円(税別)
正鵠を射るがごとく
毎朝新聞を読み終えた後はひどい現実を突き付けられる。
このままではと、焦燥感をかきたてられる。野坂の作品は世界が違う。ことばが違う。
コラムを見つけたときから、読むのが楽品が多いからだ。達観した人生観ゆえか、すでに神の領域なのか。晩年は文体が透明で、字間からぬくもりが伝わる。随所にユーモアと見事な表現が冴え亘る。若い世代が野坂の作品に親しみ、含みのある表現をかみ砕くのは難しい。大人の世界を描いた作品が多いからだ。
この作品が初めの一歩で、時折思い出しては読んでほしい。長い時間をかけ生涯付き合う作家だと思うからだ。さいごの作品が出版された。タイトルは「絶筆』。夫人の協力でロ述筆記から丹念に編集した日記のかたちである。ラストメッセージになるこの作品は名作「火垂の墓」が起点ではないかと思えた。
「言っておきたい。いざとなったら、金じゃない。」「食いもののある国が生き残るのだ。」「よその国など誰が助けてくれるか。」「農の営みを、自分の眼で確かめてほしい。だが、日本の飢餓は、もう目の前にある。」
(文中引用)
野坂の作品が増えることはもうないが、幸い作品数は多い。野坂の「命の言葉」を受け止めたい、と改めて思った。
野坂はその生い立ちから厭世観も隠し持ち、どこかでこの世に生きて身を置くことを「甘んじてはならない」として身と心を分けて生きてきたのではないか。そうならば、あの世への旅立ちは二分していた心と体がーつになれたのかも。切なくて悲しくてこんなにも美しい言葉と旋律を紡いでくれた、作家野坂を絶賛したい。
(評・千葉県立印格明誠高校 司書 山中 規子)
(月刊MORGEN archives2016)