「わたしのマンスリー日記」 第16回 生き地獄を見た

コロナへの感染

 エンジン01in市原、1.27の締めは「夜楽」でした。講師を囲んで誰でも参加できる懇親会ですが、この会の演出も私が考えました。講師はコピーライターの岡田直也さんを筆頭に映画プロデューサーの村上典吏子さん、直木賞作家の桜木紫乃さん、それに私でした。
 夜楽も事前にチケットを購入することが必要で、私の知人・友人たちに発売時刻の12月8日の10時に購入するように伝えてありました。その結果、30名近い参加者は1人を除いて全て私の関係者でした
 私の体に異変が起きたのは、宴が盛り上がりお開きの9時に差しかかろうとしていたまさにその時でした。
 突然全身から汗が出る感触に襲われ、苦しくなって目を閉じました。妻が閉めの挨拶をしている最中でしたが、私は夢うつつ状態で聴いていました。これまで経験したことのない感触でした。今考えるとそれがコロナ感染の症状だったのですが、兆候はありました。提供されたパスタなどの美味しいはずの料理に、ほとんど手を付けられなかったからです。その時は久しぶりにワインを口にしたせいかな、程度に考えていました。
 会場から自宅までは介護タクシーで30分程度の近さだったことが助かりました。翌日体温を測ってみると37.9度、のどの痛みもありました。しかしその翌日には平熱近くに下がったので、特に気に留めていませんでした。

生き地獄

 悲劇はそれからでした。実は2月1日から15日までの2週間の日程で定期検査入院することになっていました。いつも通りの気持ちで入院のはずでしたが、入院時の簡単な検査でコロナと診断されてしまいました。それから2週間は生き地獄さながらでした。こんな苦痛が続くくらいなら死んだ方がましだ。瞬時そう思いました。
 生き地獄の入り口に待ち構えていたのは、呼吸器の交換による痛みでした。平時の私は、喉の気管切開をしたところにカニューレという器具を埋め込み、そこにチューブを通じて呼吸器から空気を送るというシステムの中で命を繋いでいます。毎日20回ほど行われることになっているのは、チューブを外してたまった湛を吸い取る「吸引」というケアです。私たち人工呼吸器装着者にとっては、この「吸引」は死活問題なのです。呼吸器の交換による痛みは想像を絶するものでした。それも吸引時だけではなく、24時間続くのですからたまったものではありません。

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