『会社員 自転車で南極点に行く』

サラリーマン南極点へ

 2016年の年明け早々、ついに大島さんの南極点への旅が始まった。傍らには、家族や会社を説得するため雇った世界的冒険家、エリック・ラーセンの姿があった。エリックの後につき、ペダルを漕ぎ出すと、タイヤは今度は確実に雪原をとらえる。

 道中、慣れない二人旅に、衝突を繰り返したが、冒険家の経験に、何度も危機を救われるうち、自然と信頼関係も生まれた。終わりの地、南極点には、まるで宇宙基地をおもわせる建物が立っていた。「アムンゼン・スコット基地」その少し先に、南緯90度0分0秒を示す、銀色のポールが、南極条約加盟12カ国の旗に囲まれて立っていた。夢と現実の狭間にあるそのポールの先端に、大島さんの手は、ただ静かに触れた。

 サラリーマンをしながら、短い休暇の中でもやりたいことをしたい――そんな気持ちからはじまった自転車の旅。南極は、そのあまりの美しさ、困難さから、象徴として、ずっと大島さんの真ん中にあった。会社、家族との離別の危機も一度や2度ではない。それでも南極に行きたかった。全てを手放さず旅を成り立たせるにはどうすればいいのか……、考え抜き、ついに夢は完遂した。すべては終わったのか……。

 いや、大島さんの視線はすでに新しい冒険に注がれている。アメリカ、カリフォルニア州、「デスヴァレー」――地表温度、摂氏50度を超える極地だ。世界で最も熱いその場所を自転車で走れないだろうか……、サラリーマンの有給休暇だけで――。妻のお腹に宿る二人目の我が子をおもいながら、大島さんの青春はこれからも続く。

(月刊MORGEN archives2016)

関連記事一覧